実際に火刑台にのぼった魔女の人数は、非常に多く見積もる見解と、そうでない見解にわかれている。いくつか衝撃的な数字をあげてみよう。 ○フランス ボルドーで裁判官のピエール・ド・ランクルが、1577年だけで400人の魔女の処刑を命じた。 ロレーヌ地方の裁判官ニコラ・レミは1576−1606年に2000〜3000人の魔女に死刑をいいわたした。 1500−1650年の間にナミュール伯領で78人が火刑にあった。 ストラスブールでは、1582年10月だけで134人の魔女が燃やされた。
○ドイツ トリエルの大司教=選帝侯ヨハン・フォン・シェーネブルクが1578−93年の間に22村で368人を魔女として焼いた。 ヴォルツブルク司教のフィリップ・アドルフ・フォン・エーレンベルクは1623−31年の8年のに900人を燃やした。 アイヒシュタット=バイエルンの司教区では、裁判官は1629年のみで264人を死に追いやった。
ちなみに、迫害された魔女のなかには男(魔男)もいたが、どの地域でも1〜2割りをこえることはほとんどなかった。
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